大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)4565号 判決 1976年2月16日
原告
石井利通
<外四名>
右原告等五名訴訟代理人
山崎薫
<外五名>
被告
大阪府
右代表者知事
黒田了一
右訴訟代理人
道工隆三
<外三名>
右指定代理人
岡本富美男
<外五名>
被告
日本ドリーム観光株式会社
右代表者
松尾国三
右訴訟代理人
前堀政幸
<外一名>
主文
1 被告大阪府は原告石井利通に対し金三〇万円、その余の原告らに対し各金一五万円、及びこれに対する昭和四七年一〇月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らの被告大阪府に対するその余の請求、及び被告日本ドリーム観光株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用中原告らと被告大阪府との間で生じた分はこれを二分して各その一を原告らと被告大阪府の負担とし、原告らと被告日本ドリーム観光株式会社との間で生じた分は全部原告らの負担とする。
4 この判決は原告ら勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告らは各自、原告石井利通に対し金一〇〇万円、その余の原告らに対しそれぞれ金三〇万円、及びこれに対する昭和四七年一〇月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張<以下―略>
理由
第一本件事実の経過
一原告利通が亡石井貞子の夫、原告康夫が原告利通と先妻との、その余の原告らが原告利通と貞子の子であること、貞子が被告会社所有の大阪市南区所在の千日デパートビルの七階のアルサロプレイタウンでホステスとして稼働中、昭和四七年五月一三日午後一〇時四〇分ころ同ビル三階付近から発生した火災により死亡したこと、その遺体が同市北区所在の太融寺に収容されていたところ、大阪府警察官の嘱託により大阪大学で全身解剖に付されたことは原被告ら間に争いがなく、右解剖の日時、及び大阪府警が前記火災事故について捜査を進め、当初身元の判明しなかつた李末善と菖蒲義幸について鑑定処分許可状の発付をうけたが、その後菖蒲の解剖をとりやめ、次に貞子につき身元不明者として同令状をうけ、原告ら遺族に対する令状の呈示や通知なしに前記解剖に至つたこと、これよりさき太融寺で同警察官による貞子の遺体の検視や氏名、住所等の録取、掲示、遺品の引渡等が行われ、同日夜には原告ら方近隣の九鬼支部に電話照会もしていたことは、原告らと被告大阪府との間で争いがない。
二そして、<証拠>を総合すれば更に次の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。
(一) 前掲火災事故による死亡者はプレイタウンの客、ホステス、従業員等一一八名に達するもので、大阪府警では即日南警察署内に府警刑事部長を本部長、捜査第一課長と南警察署長を副本部長とする千日デパート出火事件特別捜査本部を設置し、捜査指揮班、検証班、検視班、捜査班、遺族対策班等を編成して総員二〇〇人以上で右事故に対処することとし、火勢のおとろえを待つて一四日午前六時ころから捜索を始め、プレイタウン内にあつた貞子を含む男四二、女五四の遺体に一連番号を付し、これら遺体は午前一〇時ころから午後三時ころまでの間に市消防局救急車等で順次太融寺に収容された。
なお転落等による死亡者の遺体は大阪市南区の大阪市立精華小学校に安置され、そのうち身元の判明しなかつた三好恵美子の遺体だけが同日午後五時ころ太融寺へ転送された。
(二) 太融寺では次々に搬入される前記遺体について、多数の興奮した遺族や報道関係者がつめかける混雑の中で一四日午前一〇時三〇分ころから警察官三名、監察医一名の検視班九個班による検視が行なわれた。そして貞子の遺体には棺の上に「ホステス市川」の店名が表示され二六番の番号がつけられていたが、午後〇時ころから府警東警察署白石節男巡査部長、西警察署中橋光春巡査部長、十三橋警察署川上健次巡査長、及び石橋弘史監察医が検視したうえ、当日午前中からかけつけ遺体の到着とともにこれに付添つていた原告康夫、出路きのらから貞子の住所・氏名・年令を聴取記録し、遺族であることを確認したうえ腕時計等の遺品も交付して、午後七時ころから一一時ころまでの間に南警察署でその担当した八体につき検視調書等の関係書類を作成した。
(三) 一方遺族対策班として、府警曾根崎警察署石田慶正警部補を主任とする数名が太融寺における検視終了後の遺体の身元確認や引渡の作業にあたることになつた。そこで石田は前記混雑にかんがみ遺体を間違つて引渡さないよう、班員の同署中迎博章巡査部長、小柳一郎、早田篤馬両巡査らに対し、身元確認の際にはその確認した者の住所・氏名・続柄を明確にするよう特に注意したうえ、小柳、早田両巡査が遺体の傍らの遺族関係者らから所要事項を聴取してメモ書き等し、中迎がこれを集計して連絡員が更にこれを写し取つたりし、宿坊入口付近につめていた石田警部補に遂次報告して整理する順序で同日朝から身元確認作業が開始され、これにもとづいて本部広報課員らにより太融寺南正門扉に貞子ら死亡者の氏名、住所、年令等が掲示されていつた。なおこれら被災者の氏名等は本坊前板塀にも掲示され、一五日付各朝刊には写真入りで報道された。
(四) 一四日午後三時ころから前記宿坊入口付近の石田警部補が引取人を誤らぬようにチエツクしながら身元確認の終つた遺体の引渡を開始した。原告利通は午後二時ころ太融寺に到着して原告康夫らと合流していたが、車の奪い合い等の混乱状態や希望者には翌日午後一時から太融寺で密葬するとの話があつたことなどから、居合わせた被告会社常務取締役伊藤隆之に名刺を渡して埋葬手続等を頼み、石田警部補らとの遺体引取手続は未了のまま、翌朝再び来ることにして午後四時過ぎころ全員帰宅した。なおこれまでに貞子の遺体は集まつていた前記遺族や知人ら一〇人余の手で全身を清められ、死装束等も整えられていた。
(五) ところが午後五時ころ遺体引渡が一段落したころになつて原告らとは別の石井資常なる者が遺体確認のため太融寺を訪れ、貞子の遺体と対面して別人であることが分つたが、石田警部補らが前記身元確認で作成した一覧表等を検討した結果、貞子についてはその氏名年令、住所の記載だけで、当初の注意にもかかわらず確認者の氏名が脱落しこれが不明であることが分つたので、取敢えず手元の確認者名簿から貞子を削除して更にその身元調査をすることとし、小柳巡査から無線電話で曾根崎署の井上孝彰巡査に対し、貞子の住所、氏名を告げて遺族の所在を確めるように依頼した。同巡査は所轄派出所に照会して原告ら方近所の九鬼支郎方の電話番号を聞き、同署岩村正顕巡査長が代つて午後九時ころ九鬼方に電話し、貞子の被災、遺族の在宅、及び原告ら方の電話番号等を聞いたが、原告ら方へ電話をしても応答がなく家人と連絡がとれなかつたとしてその旨報告した。
(六) この間捜査本部では前記プレイタウン内での被災者らの死亡原因は火災の煙による一酸化炭素中毒死であるとして、被告会社ら関係者につき失火及び業務上過失致死罪の容疑で捜査を進め、二遺体位の司法解剖の必要を認めたが、かねて死体解剖についてはできるだけ遺族の承諾を得るように努め、納得を得たうえでするように取扱つてきたこともあつて、本件の場合は特に死亡者の数が多く遺族も興奮しているところから、紛議を避けるためその対象を未引渡の身元の判明しない遺体から選ぶことにし、一四日午後六時ころ府警南警察署刑事課長橋上薫警視にその旨指示した。そして橋上課長が本部との連絡要員として太融寺へつめていた府警本部刑事部鑑識課係長石上義明警部補を通じて石田警部補に照会した結果、後に氏名の判明した李末善、菖蒲義幸、高橋八重子、三好恵美子ならびに貞子の五遺体が現存の身元不明遺体である旨の回答があつたので、菖蒲と女子は無作為に李末善を選び、午後一一時三五分ころ右男女各一体の鑑定処分許可状の請求手続をしてその発付をうけた。
(七) ところがその後菖蒲の遺族が太融寺に来て遺体を確認し司法解剖に反対したことから、本部で検討した結果菖蒲と李が同一場所で死亡していたこともあつて、結局菖蒲をとりやめ李の遺体のみ解剖に付することにしたが、そのうち前掲被災者らの死亡原因として煙だけでなく新建材や化学繊維から発生した有毒ガス中毒の疑いが生じてきたため、更にもう一体の解剖が必要ということになり、橋上課長が石上係長に未引渡の身元不明遺体を再度照会したところ、貞子と三好との回答があり貞子が李とは別の所で死亡していたことも分つたので、墜落死の三好を除外し貞子を身元不明者として翌一五日午前一〇時ころ鑑定処分許可状の請求手続をなし、その発付をうける一方、李と貞子の遺体を太融寺から大阪大学へ搬送し、正午ころから嘱託医による解剖が行なわれた。なお前記照会当時太融寺には引渡手続の終つたものを含めまだ約一八体の遺体が安置されていた。
(八) 被告会社は前掲火災に伴ない千日デパートビル三階店舗経営者の株式会社ニチイ、七階プレイタウン経営者の千土地観光株式会社らとともに常務取締役伊藤隆之ら多くの社員を太融寺等に派遺し、捜査の支障にならない範囲で遺体安置場所の設営、遺族との応待、その他埋葬許可申請手続葬儀の下準備にあたつてきたが、検視や身元確認更に遺体の引渡等は一切警察がとりしきつて前記社員らは全く関与せず、またこれに干渉できる立場にもなかつたのであつて、叙上解剖対象者の調査やその手続、貞子の遺体搬出等もすべて右社員ら不知の間に行なわれた。
第二被告らの責任
1 被告大阪府
変死体等の検視及びその身元調査は刑事訴訟法二二九条、国家公安委員会検視規則六条等によつて警察官等に義務づけられているところ、叙上認定事実からすると、貞子の身元や遺族の所在等は前記白石巡査部長らの検視、小柳巡査らの聴取り、岩村巡査長の電話照会等によつて明らかになつていたものであり、またはこれを明確にできたはずのものであつて、橋上課長、石上係長、石田警部補らが貞子を身元不明者と判断したのは同警察官らの調査ないし連絡不十分のためで、当時の混乱状態を考えても右警察官らにはその誤認につき身元調査義務を尽くさなかつたことによる公務執行上の重大な過失があつたものといわざるをえない。そして本件において事案の性質上二遺体解剖の必要があり、また本来このような場合捜査の合目的性や公平妥当性等の見地から特に著しい不合理がない限り捜査機関による選択が是認せられるべきであつたとしても、遺体解剖についての既述のような取扱い、菖蒲の解剖のとりやめ、及び証人伊藤隆之、同坂井勇の各証言から窺われるところの、警察が千土地観光株式会社の従業員の遺体解剖を希望しながら遺族の反対のため実行に至らなかつたこと、更に一四日夜には引渡の有無はともかく太融寺だけでも解剖の対象となる遺体はまだ一〇数体あつたことなどからすると、貞子が解剖に付せられたのはまさに前記誤認にもとづくものであつて、もし身元判明者として扱われておれば他の確認遺体と同様無条件に遺族への引渡が行なわれ、少くとも遺族の承諾なしにすぐに解剖されることはなかつたものというべきであるから、貞子が前記対象遺体の一つであり、また令状による解剖の場合に遺族の承諾が法律上の要件でないからといつて、本件解剖すなわち貞子をその対象に選択したことを正当視することはできず、更に貞子が本件多数遺体の死因の究明に不可欠、不代替のものであることはもとより、他の遺体と違つて特に解剖の必然性ないし相当性が高かつたとするような特段の事情の認められない本件において、その身元の判明ひいて原告ら遺族の承諾の有無にかかわらず貞子の解剖がやむをえなかつたとすることもできない。(なおかりに右解剖が避けられなかつたとしても、本件のような場合は少くとも遺族にその通知をするのが相当であり、それが刑事訴訟規則一三二条、一〇一条の精神にも合致するものというべきである。したがつて被告大阪府としては令状の発付その他刑事訴訟法上の解剖の適否とは別にその民事上の責任を免れることはできない。
2 被告会社
貞子の遺体について原告らと被告会社との間に原告ら主張のような明示または黙示の契約が成立したこと、或はこれとは別に被告会社員らに原告ら主張のような注意義務があつたことは、原告利通、同康夫各本人尋問の結果によつても前掲認定事実に照らし認めるに足りず、むしろ右事実からすると、貞子ら太融寺における遺体はすべて警察が管理して独自に検視や身元確認等所要の調査をしたうえ遺族への引渡を行なつていたもので、貞子の遺体は右引渡が未了のまま依然警察の支配下にあつたこと、被告会社員らは警察の捜査の範囲外で火災についての法律上の責任の有無とは別に自主的道義的に遺族や遺体の世話をしていたもので、原告利通との約束も前記引渡があつた場合の葬儀の手配等に止まることが認められる。そしてこれら事務の管理上遺体の安全にも留意すべきであつたとしても、既に身元確認が終つてその氏名の掲示までされている貞子についてその遺族の存在を警察に通報する義務等はなかつたものというべく、また警察官がその権限で行なう解剖ないしその方針を知らなかつたからといつてすぐにこれを非難することもできないから、本件解剖について被告会社の責任を問うことは困難といわねばならない。したがつて被告会社に対する原告らの本訴請求は排斥を免れない。
第三損害
遺体が毀損されずにたびに付されることは、その尊厳と死者の冥福を希求する遺族の至情として、死別の悲しみとは別に保護されるべきものであるから、本件解剖につき貞子の配偶者や直系親族等近親者にはその精神的苦痛に対する慰藉料請求権があると解するのが相当である。そして、原告利通、同康夫各本人尋問の結果によると、原告康夫は四才のときから貞子に実子同様に養育されてきたことが認められるから、同原告もその余の原告らと同様前記請求権を有するものというべく、前掲警察官らの身元把握とその誤認の経緯、当時の混乱した状況、本件解剖が犯罪捜査上全く不必要に行なわれたとまではいい難い反面、その所在が明らかで極めて容易に連絡のとれる状況にある原告らに対し解剖の通知もなかつたこと、成立に争いのない甲第一号証から認められる原告ら及び貞子の年令、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、その慰藉料の額は原告利通につき金三〇万円、その余の原告らにつき各金一五万円が相当と認める。
第四結論
よつて爾余の点を検討するまでもなく被告大阪府は国家賠償法一条一項にもとづき右各金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年一〇月二〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らの同被告に対する本訴請求を右限度で認容し、その余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(黒川正昭 松本克巳 山崎克之)